大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和40年(行ケ)64号 判決

原告

宮本好作

右訴訟代理人弁理士

中島信一

被告

小池理化学工業株式会社

右代表者

小池清

右訴訟代理人弁理士

杉山泰三

主文

特許庁が、昭和四十年五月十八日、同庁昭和三五年審判第四七七号事件についてした審決は、取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、登録第二三二、八三七号特許(発明の名称「熱可塑性合成樹脂帯状体成形法」、昭和二十七年十一月十五日特許出願、昭和三十二年六月四日登録)の特許権者であるところ、被告は、昭和三十五年九月三十日、原告を被請求人として、本件特許につき特許無効の審判を請求し、昭和三五年審判第四七七号事件として審理されたが、昭和四十年五月十八日、「本件特許を無効とする。」旨の審決があり、その謄本は、同年六月四日、原告に送達された。

二  本件特許発明の要旨

押出機の口金成形面の形状と同一の断面形状を形成する精密に仕上げられた周面を有する転子を押出機の直前に装備し、右転子を冷却しつつ、押出成形物がほとんど冷却しない間に、ローラーの周面に押出成形物の成形面を押圧緊張を保ちつつ通過せしめ、急冷却整形しさらに冷却を持続することを特徴とする熱可塑性合成樹脂帯状体成形法。

三  本件審決理由の要点

本件特許発明の要旨は、前項掲記のとおり認められるところ、審判請求人(被告)は、本件特許発明は、これと同一の技術思想は、その出願前国内において公然知られ、かつ、公然用いられたものであるから、旧特許法(大正十年法律第九十六号。以下同じ。)第四条第一号の規定により同法第一条の新規な発明を構成しないものであり、同法第五十七条の規定により特許無効とされるべきものであると主張した。

よつて審究するに、片面に凹凸のある口金型を備えたエクストルーダーの前方に、右口金金型と同様形状のエンボツシングローラーを配置し、次に冷却槽および巻取装置を設けた塩化ビニル樹脂用エクストルーダ装置が甲第八号証に示されたもの(以下「公知例」という。)であり、かつ、本件特許出願前に公然実施せられたこと、ならびにこれは帯状物とくに腰ベルトの製造に使用するもので、前記押出機の前方のローラーは水冷しつつ操作するように構成されており、これを通過した帯状成形物はさらに緊張しつつ次の冷却水槽中で冷却され固定化して巻き取られるものであつて、このようなその使用方法についても同様に公然知られた状態にあつたことは証人杉浦定夫の供述によつて十分認めることができる。この事実と本件特許発明の方法とを対比すると、片面に堅縞凹凸模様のある熱可塑性合成樹脂の帯状体を製造するため、押出機の前方に口金成形面の形状とほぼ一致した断面形状を周面に構成したローラーを配置し、これを冷却しつつ押し出されてくる帯状素材を押圧し、さらに緊張を保ちつつ冷却水槽を通過させて固定化して巻き取り、連続的に帯状成形物を得る方法として、両者は全く軌を一にし、ただ、本件特許発明においては、押出機の前方に配置されたローラーは、その明細書全体の記載からみると、エンボツシングを目的とせず、口金金型による成形を一層確実にするための整形を目的とするものである点で差異があるにすぎない。いま、この差異点について考察するに、前記公知のエンボッシングローラーも押出機口金金型の形状とほぼ一致した周面を備えていること、また、これを冷却しつつ操作するものであること(これらの点については、被請求人(原告)が尋問を申請した証人石原昌具の供述も前記証人杉浦定夫の供述と一致している。)からみて、主目的は異なるとしても、右ローラーが単にエンボッシング作用だけでなく、エンボッシングと同時に素材成形物が完全に固定化するまで、押出機の口金金型に応じた形態を保持し変形を防ぐための補助的役割を果たしているものであることは理解に難くなく、これについては証人石原昌具の供述によつても、とくにこれをくつがえすに足りるものはない。したがつて、前記相違点は両者を別個の技術思想と認めしめるに足りない。なお、被請求人は、本件審判は確定事件たる昭和三四年審判第六九四号事件と請求人が同一であり、同一理由による同一審判の再請求であるから不適法として却下されるべきものである旨主張するが、前記確定事件は何ら証拠を提出していないものであるから、本件はこれと同一事実、同一証拠に基づく審判の請求とはいえず、特許法第一六七条に該当するものではない。

以上のとおりであるから、本件特許発明は、その出願前公知公用のものであり、したがつて、特許法施行法第二十五条の規定により、なおその効力を有する旧特許法第四条第一号に該当し、同法第一条の特許要件を具備しないものというべく、その特許は、同法第五十七条第一項第一号の規定により無効とすべきものである。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、次の点において違法であり、取り消されるべきである。

(一)  本件審決は、本件審判請求は却下されるべきであるとする原告の主張を、本件審判請求は特許法第一六七条の規定に該当しないことを理由に排斥した点において、法律の解釈、適用を誤つた違法がある。すなわち、

被告は、昭和三十四年十二月三十一日、本件特許と同一の特許につき、原告を被請求人として、右特許発明は、その出願前国内において公然知られ、公然実施され、かつ、出願前国内において頒布された刊行物に容易に実施することができる程度に記載されていたから旧特許法第四条各号の規定に該当し、同法第一条の新規な工業的発明を構成しない、と主張して、特許無効の審判を請求し、昭和三四年審判第六九四号事件として審理されたが、昭和三十五年九月二十四日、請求人は前記事実を立証するに足りる証拠を何ら提出しないから、請求人の単なる主張のみをもつてしては、本件特許発明を新規性のない発明で、右第一条の規定に違反するものとして、同法第五十七条第一項第一号の規定により無効とすることはできないとの理由をもつて、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、この審決は、同年十一月七日確定した。右の経緯から明らかなように、審決の確定している昭和三四年審判第六九四号事件と本件昭和三五年審判第四七七号事件とは、請求人、被請求人、無効審判の対象たる特許および審判請求の理由たる事実がすべて同一である。元来、特許法に基づく審判事件(海難審判法に基づく審判事件も同様)は、裁判的性質の事件であるから、その確定審決には、一般民事確定判決と同様、既判力があると解すべきである。したがつて、特許法に基づく確定審決の当事者は既判力によつて拘束され、確定事件と同一の事実に基づいて同一の審判を再び請求することは許されない。このように一事不再理の適用を受けるのは確定審決の既判力による当然の結果であり、法律の明文規定をまつまでもない。特許法第一六七条は当事者以外の第三者について一事不再理の法則を規定したものであり、確定審決の当事者でない第三者は既判力には当然拘束されないので、これを当事者とは区別し、かつ、右法則適用の条件として「同一事実」のほか「同一証拠」を加えて再請求許容の条件を緩和したものにほかならず、また、確定審決の登録をもつて一事不再理の発生条件としているのである。確定審決の当事者は、既判力の拘束により、同一事実に基づく同一審判の請求であるかぎり、新証拠の有無に関係なく、すべて再請求は許されないのであり、このように解することにより、はじめて、右特許法第一六七条の規定、再審に関する同法第七章の規定、審決に対する出訴期間を制限した同法第一七八条第三項の規定の立法趣旨を正しく理解することができるのである。

原告は、本件審判手続において、前記のような根拠から、被告の本件審判請求の却下を求めたものであり、本件審判請求は、当然却下されるべきものであるところ、本件審決は、特許法第一六七条に該当しないことを理由に、原告の右主張を排斥したものであるから、この点において、法律の解釈、適用を誤つたものである。〈後略〉

理由

(争いのない事実)

一本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨および本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二本件審決は、以下に説示するとおり、本件審判請求は却下されるべきであるとする原告の主張を排斥した点に違法はないが、本件特許発明と公知例との一致点の認定を誤り、また、相違点についての判断を誤つた結果、本件特許発明をもつて出願前公知公用のものであるとした点において、判断を誤つた違法があり、取り消されるべきである。すなわち、

(一)  昭和三四年審判第六九四号事件に関する特許庁における手続の経緯が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがなく、この事実によれば、右事件の確定審決と本件特許無効審判事件とは、請求人、被請求人、特許無効審判の対象たる特許および請求人の主張する無効事由の点において同一であるが、しかし、前者は無効事由としての具体的事実の主張を欠くのみならず、証拠の点において後者と同一とはいうことができないから本件審判請求は、特許法第一六七条の規定に違背するものとはいいがたく、他にこれを不適法とすべき理由はない。原告は、この点に関し、確定審決は、その性質上既判力を有するから、本件審判請求は、右既判力により不適法とすべく、また、特許法第一六七条の規定は第三者に限つて適用されるべきものである旨(前掲請求の原因四の(一)のとおり)主張するが、これらの主張は、いずれも当裁判所の賛成しがたい独自の見解に基づくものであり、もとより採用しうべきかぎりではない。

(二)  成立に争いのない甲第一号証の二(本件特許公報)の発明の詳細なる説明の項には、「本発明はビニールの成形温度を巧みに利用し約摂氏一九〇度で押出された帯状体の温度の下降せざる間に成形面と同一の断面形状を有する転子周面で該転子を絶えず約二十五度以下に冷却しつつ成形面に押圧と緊張を与え乍ら再成形し同時に其仕上げられた面が直ちに急冷却せられて延伸並びに崩形或いは歪形を防止する従つて本発明の方法は上記の如く型押成形品と同様の優秀な成形面を形成せしめることを得るのである。」、「従来の斯種押出機によるビニール成形物の製造法は本発明の転子6に相当する装置を有せず……比の方法に拠る時は口金の成形面が相当精密に形成せられて居ても成形物は柔軟なる間に絶えず牽引せられ乍ら徐々に冷却せられる故に成形物の成形面は延伸せられることとなり成形面の出来上りは見劣りする」、「本発明の方法は押出機による欠点を補い帯状体の表面を型押製品と同様の光沢あり且つ正確な形状に仕上げることを得る」との記載があり、右記載と当事者間に争いのない本件特許発明の要旨とを併せ考えれば、本件特許発明は、従来の押出成形物の表面の出来上りの見劣りをなくし、押出口金の成形面だけでは不可能な、型押成形法による成形品に匹敵しうる表面の光沢および正確な形状に仕上げることを目的とし、そのため、転子を、押出口金の成形面と正確に同一の断面形状を有し、かつ、その周面を精密に、すなわち、周囲の肌面が凹凸のない全くの滑面になるように仕上げたものに構成し、この転子を押出機の直前に装備して、押し出された成形物に型押成形法における金型を押圧するように全面を押圧することにより、成形物の表面に光沢を与え、かつ、口金成形面と正確に同一の形状に仕上げるものであることが認められるところ、公知例における押出口金の形状および上、下ローラーの断面形状については当事者間に争いがなく、右形状からすれば、公知例におけるローラーの断面形状は、本件特許発明におけるローラーのように、口金の形状と正確に同一形状ではなく、ローラーの営む作用においては、公知例のローラーは、〈証拠〉によれば、エンボッシングと同時に素材成形物が完全に固定化するまで、押出機の口金金型に応じた形態を保持し変形を防ぐための補助的役割を果たすにとどまり、口金成形面では実現することのできないアイロン掛けのような作用を営むものではないことが認められるに反し、本件特許発明における転子は、素材成形物に全面押圧することにより、その表面を、口金金型の全形状と正確な同一の形状にし、かつ、型押成形物の表面に匹敵する光沢を与えるように仕上げるという作用を営むものであることが明らかであり、これらの事実によれば、本件特許発明と公知例とは、ローラー(転子)の形状およびその奏する作用効果の点において顕著な差異があるものとみるを相当とするから、本件特許発明をもつて公知例と技術思想を同じくするものであり、したがつて、その出願前公知公用のものであるとすることはできない。

(むすび)

三叙上のとおりであるから、本件特許発明をもつて、その出願前公知公用のものであるとした点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条および民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(三宅正雄 中川哲男 武居二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例